マスター・オブ・ウイスキーと語る、これからのウイスキー文化~第3回CELLARR SALON会員交流会を終えて(前編/全2編)~

今回は、6月26日に開催された第3回 会員交流会のレポート記事を全2編にてお届けいたします。

今回のテーマは、

「これからのウイスキー文化をマスター・オブ・ウイスキーと語る」

2024年にマスター・オブ・ウイスキーを取得されたお二方をお招きし、その実態とウイスキー文化への可能性をさらに深堀すべく、今回は「マスター・オブ・ウイスキー」に絞ったテーマを設定しました。

それではレポート記事から、今回のイベントの雰囲気をお愉しみください。

ウイスキーそのものやウイスキーにまつわるストーリーが好きな方々が集い、ここでしか聞けない話を愉しむウイスキーのオンライン社交場 CELLARR SALON スペシャル「会員交流会」。本日もお愉しみください。


|今回のゲスト

No.MW014 吉田電材蒸留所 代表取締役社長
松本 匡史 氏(以下敬称略)

No.MW015 総合酒類会社 勤務
高野 剛 氏(以下敬称略)

|はじめに

―――皆様、本日もCELLARR SALON スペシャル「会員交流会」にご参加いただきましてありがとうございます。ファシリテーターを務めます、代表の辻です。よろしくお願いいたします。

今回のテーマが「これからのウイスキー文化をマスター・オブ・ウイスキーと語る」ということで、2024年にマスター・オブ・ウイスキーを取得されたお二方にゲストとしてお越しいただいております。

早速ですけど、松本さん、簡単にご挨拶をお願いします。

吉野電材蒸留所所長の松本です。国内クラフト初のグレーン専業蒸溜所ということで、 新潟でアメリカンタイプのウイスキーを中心にやっております。ありがたいことに、先日、 ベストジャパニーズクラフトディスティラーを受賞しました。皆さんから注目を頂いて大変ありがたく思っています。

―――おめでとうございます。話題沸騰中の松本さんです。本日はどうぞよろしくお願いいたします。

先週1週間くらいアメリカで、ウィレット、ジンビーム、ターキー、 バッファロー・トレース、メーカーズマークといったメジャーな蒸溜所に、 Ken’s Bar(京橋のバーボンBAR)のケンさんのアテンドで行ってきました。

ウェラーとメーカーズマーク、ワイルドターキーに関しては、オーナーの方とも会ってまいりました。

―――すげー!という感じで、松本さんの行動がこれから、ますます楽しくなって、新潟がより面白くなっていったら素敵なストーリーがどんどん生まれそうですね!

では次に、高野さんお願いします。

総合酒類会社で営業をしています高野と申します。こういう場に登壇する社員はウイスキー啓蒙グループやつくり手の人がほとんどなんです。入社以来ずっと営業なので、貴重な機会を頂き、ありがとうございます。

私も松本さんのようにかっこよくアメリカ行きましたと言いたいんですけども、今は岐阜県と愛知県の居酒屋やバー、スナックなどを回って営業しています。(笑)

数年前からウイスキーの勉強をはじめて、現在はウイスキーのブログを書いています。本日はよろしくお願いいたします。

―――ありがとうございます。高野さんは、実は僕の先輩で、あまり変なことはできませんが、めちゃくちゃお酒が好きなので、また飲みに行こうねみたいな話で、ぜひリアルでの交流ができていけばと思っています。

2024年マスター・オブ・ウイスキー取得者のお二方のご紹介でした。

マスター・オブ・ウイスキー取得の動機

―――では、最初に、お二方がマスター・オブ・ウイスキーの試験でどんな論文を書かれたのかという話から、マスター・オブ・ウイスキー取得の動機に触れていけたらと思っています。 高野さんからお願いします。

私は3回マスター・オブ・ウイスキーを受験しているので、論文は2本出していますが、2回目の方が評価が下がるという悲しい出来事がありました。2回目の方がちゃんと書いたのにと思っていました。(笑)

今回は「木樽熟成がもたらす可能性とジャパニーズウイスキーの優位性」というテーマで、木樽塾生の歴史と風土について書いています。前回は「ビールの製造技術とウイスキーの製造技術」というテーマです。

松本さんのようにつくりをしていたり、ウイスキーの啓蒙グループでウイスキーを専門でしていたりするわけではないので、ウイスキーと何かを掛け合わせる形で論文を書きました。

―――ちなみに3回受験したってことは、1回目、2回目、3回目と論文が3本あると思ったんですけども。

マスター・オブ・ウイスキーでは一次試験の論文の通過者には二次試験の受験資格が2回分与えられます。だから一次試験に1回合格したら、その論文を2回使えるんです。

―――なるほど。マスター・オブ・ウイスキーを受けられる方も何かの参考になればなと思います。 高野さんありがとうございます。続いて松本さんお願いします。ちなみに松本さんは論文の点数が歴代マスター・オブ・ウイスキーで一番だったみたいです。

そうですね。ありがたいことに論文は歴代マスター・オブ・ウイスキーで点数が一番だったみたいで、とても嬉しく思います。私の論文のテーマは「アメリカンタイプウイスキーの香味成分に関する研究」でした。

日本では香味成分やアメリカンタイプウイスキーに関する論文がかなり少ないです。1960年ぐらいから日本の学術論文の中でそれらの記載があるものを収集して、現在の日本における香味成分やアメリカンタイプウイスキーに関する知見の実態を明らかにしています。

そして後段では、 実際に当社が生産しているアメリカンタイプウイスキーのニューポットと、6ヶ月熟成したものをガスクロマトグラフィーという成分分析を行って、どのような違いがあるかということを記述しています。

加えて、我々と同じ設備を使っているコーバルや熟成が長いワイルドターキー8年も同様の分析をしています。

―――ありがとうございます。何時間も深ぼれる話に触れてしまった感じがしてしまいました。(笑)

さて、続いては、マスター・オブ・ウイスキーを取得した動機について伺いたいと思います。高野さんの場合、3回挑戦を続ける中で何を動機やモチベーションに挑戦し続けたんですか?

サラリーマンですから、今はリスキリングという言葉が流行りですけど、何か勉強しないといけないという想いがありました。同僚も英語や中小企業診断士などいろいろな勉強をしていました。私もとりあえず最初は英語をやってみたんですけど、勉強のための勉強は頭に入らず、断念しました。

そうなると、興味があるウイスキーで一番高みを目指そうと思い、勉強を始めました。始めてみると、インプットするだけじゃなくて アウトプットしないと覚えられないですし、広がりもないなと感じ、ブログを始めました。

インプットとアウトプットのリズムができてきて、どんどん勉強をすることが楽しくなっていきました。当然、 マスター・オブ・ウイスキーを持っていることを営業に使いたいという考えは全くなく、知識を広げていく一環としての通過点だと捉えています。

―――ありがとうございます。アウトプットして定着やマスター・オブ・ウイスキーは通過点といった言葉が響きますね。マスター・オブ・ウイスキーが終わりじゃなくて、道を求め続けるみたいな。

松本さんにもお話を伺いたいと思います。松本さんの場合、グレーン専業というポジションの蒸溜所は独特ですよね。これからのウイスキーに対する狙いやどういった形で将来像を描いていくのか聞いてみたいと思います。

一つの区切りとして10年ぐらい先のことを考えています。ウイスキーという意味では、私がいなくなってからもどんどん続いていくものですけれど、私が50歳なので、60歳までのこの10年間が一番仕事に力を入れられる時期だと思っています。また事業の初動ということもあり、蒸溜所の発展のための土台づくりの時期として非常に力を入れていきたいとも考えています。

―――本当に足元も大変な中、クラフト蒸溜所がめちゃくちゃ増えている市場環境を見ながら、10年先を見据えてやっていくという言葉は、ウイスキーファンからするとすごい安心する言葉だし、応援したくなるんじゃないかなって思いますよね。

|ウイスキー、酒文化に対する取り組み

―――お二人の今の事業、環境と照らし合わせて、酒文化に対する取り組みを伺っていけたらと思います。

新潟はやっぱり面白くて、堂田さん、松本さんと昨年のCELLARR SALONにご登壇いただいたんですけど、僕の知ってるウイスキー業界の雰囲気じゃなくて、本当に和気合い合いとしていて、何でも喋っていいよね、とか言いながら色んな取り組みを話していただいたことを、昨日のことのように思い浮かべます。

松本さんにはウイスキー業界の雰囲気という切り口から聞いていこうと思います。

やっぱりウイスキー業界に入ってきて思うのは、「横のつながりの強さ」です。

初めて堂田さんと会った時は、ノウハウなんかを聞いちゃったら失礼じゃないかと、遠慮していたんですけど、堂田さんの非常にオープンな性格もあり、一緒に新潟を盛り上げようと、もう何でも教えてくれたんです。本当にこんなに教えてもらっていいんだろうかというぐらい教えていただきました。

他にも津貫の折田さんには、樽の調達で困っている時に、実はどこから樽を買っていいか分からないと相談したら、「いいよ、じゃあ俺が紹介するよ」といってくれて、樽の調達ができたというようなこともありました。

本当に別業界からの参入で右も左も分からない中、いろんな人がいろいろサポートしてくれたという雰囲気がすごくいいなぁと感じています。ライバルというよりも一緒に盛り上げていく仲間というような、そんな感じがしてますね。

―――そうなんですね。そんな中で、日本でのクラフト初のグレーン専業蒸溜所という独自のポジションを築かれていると思います。その点についてもお伺いしたいです。

初めはポジショニングなどを考えずに始めたんですけど、蒸溜所立ち上げの期間に生まれたジャパニーズウイスキーの定義の影響がすごく大きかったです。海外原酒を入れた場合、ジャパニーズウイスキーと言えないという定義になり、日本のモルト蒸溜所は大手からグレーン原酒をなかなか買うことができないので、グレーン専業でやっている吉田電材蒸留所なら国産グレーンが供給できるということで、一気にポジショニングが定まっていきました。

―――今の話、大事に残したいなと思ったんですけど、松本さんはなぜグレーン専業で始めたんですか?それは単純にバーボンがめちゃくちゃ好きだからっていうスタートラインですか?

バーボンもモルトも好きなんですけど、事業として後発で参入する以上、何か既存の蒸溜所と差別化をしなきゃいけないという想いがありました。そういった中で、いわゆるバーボン(アメリカンタイプウイスキー)専業っていうのは誰もやってないというところからスタートしたんです。けれども、日本ではバーボンとは言わないので、必然的にグレーンとなります。

グレーンウイスキーって言うと、ブレンデット用として非常に安く大量に生産するウイスキーというイメージがあるので、それをどうリブランディングするかっていうのが当初の課題でした。

―――差別化を意識して立ち上げた時には、ポジショニングまでは考えてなかったけども、結果として需要・価値が顕在化してきたんですね。よく理解できました。ありがとうございます。

続いて、高野さんには営業の現場、日本の酒の消費の実態を見て来た視点から、酒文化への取り組みの話をお願いします。

です。どの店のメニューにも入っていないですし、お願いしても買ってくれない。どうやっても売れない時期を経験してきたので、今すごく売れてるのはすごくありがたい話ですし、今後これもちゃんと継続していかないといけないなと思っています。

ただ1990年代とかそれ以前にメーカーが怠けてたかというと、そういうことは全くなくて、つくり手もものすごく頑張って厳しい世の中でも改良を重ねてきたという歴史がありますから、つくり手の方たちが汗水流してつくってきたものをしっかり売らなきゃダメなんですよね。売るとそこが起点となって、文化となって、全体の底上げになります。

大手メーカーとして、商品をきちんと売ることによって文化をつくっていくというところが役割のひとつだと思います。その一端を営業として担っていると感じながら、日々働いております。

―――高野さん、ありがとうございます。


前編記事はここまで。
後編記事では、これからのウイスキー文化の可能性と打ち手についての話が登場します。
ぜひ後編もご覧ください。

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CELLARR新コーナー「種を蒔く人 cultivator」がスタートします!


ウイスキーの文化を創り、耕していく人たちにフォーカスをあてた本コーナーでは、つくり手に限らず、あらゆる立場・視点から行動を続ける人たちからの寄稿記事を公開いたします。

そして、記念すべき第1回は、今回ご登壇いただいた高野さんからの寄稿記事です。
ぜひこちらもの合わせてご覧ください。

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