秩父ウイスキー祭の「これまで」と「これから」~第20回CELLARR SALONを終えて(第1編/全3編)~

今回は、2024年1月13日(土)に開催した、第20回CELLARR SALON「ウイスキーの杜」のレポートをいち早くお届けします。

第20回のテーマは「秩父ウイスキー祭の『これまで』と『これから』」

いよいよ3週間後に迫った、2月18日(日)の秩父ウイスキー祭
その開催に先んじた内容となっています。

真冬の2月に起きた秩父の観光革命とも言える「秩父ウイスキー祭」。
10回を積み重ねてきた、その歩みはどのようなものだったのか。
2024年の第11回からはどのような進化を遂げ、魅力を伝えていくのか。
ズバリ、今年の見どころは?

…など、秩父ウイスキー祭のウラ話に迫ります。
秩父ウイスキー祭にご参加予定の方は特に、必見の記事となっています。

レポート記事から、SALONの雰囲気も感じていただければ幸いです。

ウイスキーそのものやウイスキーにまつわるストーリーが好きな方々が集い、ここでしか聞けない話を愉しむウイスキーのオンライン社交場 CELLARR SALON。本日もお愉しみください。

|今回のゲスト

横田 武志 氏(BAR Te・Airigh 代表、秩父ウイスキー祭 実行委員長)

【経 歴】
2007年 秩父にて、BAR Te・Airigh 開店
2014年 第一回秩父ウイスキー祭開催、実行委員長
2019年 TWSC審査員
2021年 コロナ禍によりリアル開催が出来ないため、秩父ウイスキー祭をオンライン開催
2022年 同上
2023年 第十回秩父ウイスキー祭、リアル開催で復活

【本人コメント】
蒸溜所のある街【秩父】から世界へ向けてウイスキーの楽しさと素晴らしさを発信していきます。

北梶 剛 氏(株式会社RUDDER 代表取締役)

【経 歴】
インポーター・小売酒販店を日本で経験した後、ドイツに渡り酒販関係の仕事を経験しながら、海外から見た日本のウイスキーマーケットを肌で感じ取る。
帰国後、都内酒販店に入社し、スピリッツバイヤーとしてシングルカスクウイスキーをはじめとしたオリジナル商品の開発及び商品セレクトを行う。

2016年 株式会社RUDDERを創業

現在、代表取締役として、通常業務の傍ら、年数回スコットランドや欧州を回りカスクハンティングを行い、プライベートボトリングの開発を手がけており、過去にセレクト、販売に携わったボトルの数はウイスキーだけで500樽程。
複数の品評会の審査員も歴任し、近年は国内外でセミナーを行いウイスキーマーケットの発展を担っている。また、ブリティッシュパブを運営する株式会社ハイランダーイン・ジャパンの取締役も務めている。

【本人コメント】
我々は“SEEK THE ULTIMATE【究極を目指す】”というテーマの元、ウイスキーに関わるすべての方々(生産者、輸出入業者・販売者、バーテンダー、愛好家の皆さま)へ、常に最上の提案を行い続けることを心がけ日々の業務に取り組んでおります。
歴史と文化を理解した上で伝統と革新とのバランスを図り、より洗練された世界観を創造すること、世界に誇れる最上のウイスキーマーケットを築くこと、そしてそれを次の世代へと継承し続けて行くこと…。
その一翼を担うものとして、謙虚に、時に大胆に、邁進してまいります。

木村 拓平 氏(株式会社キムラ 代表取締役社長)

(※写真右側が木村氏。お茶目に、秩父ウイスキー祭オンラインセミナーで失態後のお写真をご提供くださいました)

【経 歴】
2005年 大学卒業後、IT会社に入社し東京および北海道にて4年間勤務
2009年 家業である広島の酒販店リカーランドキムラに入社
             数年間広島市内で配達業を行う中でクラフトビールと出会い、
             2012年スコットランドビール「ブラックアイル」の輸入を開始。

そこから、ウイスキー、ラム、シェリー、ピスコなど、自社輸入商品の幅を広げつつある

【本人コメント】
キムラの輸入業では、当社にとって大切なパートナーと思える生産者の商品を、各分野で1社、日本に輸入する事を心がけています。
酒卸業としては、業界の毛細血管担当となるべく、日々活動をしております。

(※ご登壇者様 以下敬称略)

|はじめに

―――皆さん、今日は土曜日の14時にご参集いただきありがとうございます。CELLARR SALON第20回目でございます。では早速なのですが、貴重な時間なので進めさせていただければと思っています。本日のご登壇はこちらのお三方です。

まずは、秩父ウイスキー祭実行委員長で、BAR Te・Airighオーナーバーテンダーの横田さんです。横田さん、よろしくお願いします。

皆さん、こんにちは。今日はよろしくお願いいたします。

―――ありがとうございます。木村さんもお願いします。

はい。広島でお酒の輸入をしている木村と申します。皆様よろしくお願いします。

―――そしてもう一方、北梶さんが入ってこられます。ヒーローは、遅れてやってくるということで!お楽しみにお待ちください。

今日は「秩父ウイスキー祭の『これまで』と『これから』」ということに触れていきたいと思います。時間と共にどんどん深い話になっていくと思いますが、初めての人もいらっしゃるので、カジュアルに「ウイスキーって楽しいな」「秩父っていうまちって素敵だな」という時間を共有できればと思っております。

早速ですが、 「秩父ウイスキー祭」は”まちの賑わいづくり”を、いろいろな形・あらゆる手法で、歴史とともに積み重ねていらっしゃいます。 

横田さんのBAR Te・Airighに伺うとそういった話も聞くことができるのですが、今日はBAR Te・Airighに行く前・秩父ウイスキー祭に行く前に知っていたらさらに楽しめる情報を、お届けする時間になればと思っています。

そしてぜひ、横田さんのこのYouTubeチャンネルたけしのホンネが出るテレビ!!もご覧ください。

横田さん、「たけしのホンネが出るテレビ!!」についても少しだけご案内頂けたら嬉しいです。お願いします。

そうですね。第1回は、今日のゲストでもある木村社長をお迎えして撮影しました。 この時木村さんは、全国の皆さんに元気を届けるために、広島から自転車で秩父まで来たんですよね

はい、そうです。YouTubeチャンネルをつくるにあたっての”最初のプロトタイプ”という感じでしたよね。

そうですね!

「木村だったら、別にいいだろ」みたいな(笑)。嬉しかったです。すごく緊張しましたが、楽しかったです。
なんかこの時、痩せていますね。

まあ、広島から自転車で来られましたからね(笑)。

―――BAR Te・Airighにいるような、軽快なトークでのスタート!ありがとうございます。

この動画を通して、横田さんと木村さんそれぞれのお話も聞けますしお互いの関係性もすごく見えてくるので、ご覧いただくとおもしろいと思います。

横田さんが、司会・ホストで全17回積み重ねておられます。皆さんもお時間ある際に是非、見てみてください。

ではここからは、いつもの通り飲みながら楽しめたらいいなと思っています。BAR Te・Airighに来て、横田さんにウイスキーを入れてもらったイメージで、ぜひ楽しんでいってください。

それでは乾杯!

乾杯!!!

―――ちょうど北梶さんもいらっしゃいました!北梶さん、早速ですが簡単な自己紹介をお願いします。

株式会社RUDDERの北梶です。遅れてしまってすみません!よろしくお願いします。

―――お願いします!ということで、お三方揃いましたので、皆さんで本題のほうをスタートしていきたいと思います。

今日は「秩父ウイスキー祭の『これまで』と『これから』」について。そして、2024年の開催が1ヶ月後に迫っている(※本CELLARR SALONは1月13日実施)ので「地域とウイスキーの小噺」といったお話も伺っていきたいと思います。

蒸溜所のあるまち「秩父」というところで、横田さんがどういう気持ちで祭をやっておられるのか。そして仲間たちとどういった形でまちづくりをして、まちの賑わいができていくのか。そんなお話ができればと思います。

横田さん、まずは「秩父」という土地の特徴についてお話いただけますか。お願いします。

そうですね。ここにも書かれている通り、秩父には、大小様々400以上のお祭があります。実は僕も、今日の午前中はお祭に行ってきました。 

本当に毎日のようにお祭があって、今日は子供と一緒に商売繁盛のだるまを買ってきました。

そんなお祭の多い秩父の中で「秩父ウイスキー祭」も、秩父神社さんにお祭のひとつとして認めていただいて、いつも成功祈願を行いながらやっております。

―――秩父神社、すごく立派な神社ですよね。 私が最初に行った時びっくりしたのが、秩父神社にウイスキーの樽があるのですね。ウイスキーが祀られているようなところで、初めて行った人には、ぜひ見ていただきたいポイントの1個でもあります。

ウイスキーの樽が置かれている秩父神社

|これまでの10回で印象的な回

―――では、ここからゲストの皆様にいろいろなお話を聞いていきたいと思います。

まずは、これまでの全10回という積み重ねの中で、印象的だったこと・思い出深かったことをお聞きしてみたいですね。北梶さんからお願いします。

2014年の第1回、大雪だったのがすごく印象的ですよね。池袋からの特急も止まってしまい、出品するものも全部届かなくなってしまって。2、3日前まで、本当に開催できるのかどうかという状況でした。結果としては無事開催できたのですが、その時は本当に大変な思いをしました。主催の横田さんも肝を冷やしたんじゃないかなと思います。

 その時は第1回だから、来場者数としては800人…1000人行かなかったのかな。大雪の第1回は、やはり一番の思い出ですね。

―――横田さん、第1回はどうでしたか。北梶さんもハラハラしていたという話でしたが…。

そうですね、すごくハラハラしました。
毎日、西武鉄道さんと秩父鉄道さん、あとヤマト運輸さんに連絡を取っていました。 先程北梶さんもおっしゃっていましたけれども、電車も動かず、荷物の運送できず、秩父地域に搬送ができないということが起きていたんですね。だから、僕の知り合いの酒屋さんに全て送ってもらって、自己搬入しました

神社の周りも雪がすごかったので、毎日地元の人と一緒に駅まで雪かきをして、なんとか開催できました。

当時、他のイベントだと500人来ればと結構すごいと言われる中で、来場者数800人というのは結構異例の数字でした。それだけの方が雪の秩父に来てくれたということで、本当に感謝ですね。

―――木村さんはこの時、どんな形で参加されていたのですか?

1回目の時は家で寝ていましたね(笑)。まだ横田さんとお会いする前なので。僕は、2回目からの参加なのです。
1回目はすごかったと、よく噂は聞いていました。2回目は逆に、すごく晴天でした。

―――なるほど。では、木村さんにとっての、これまでに印象に残った秩父のお話を伺えますか。

“僕にとっての1回目”である第2回に、初めて参加した時のことが印象的ですかね。
あの時は、ほとんど知り合いがいませんでした。 1回実施してチームができている中で、ちょっとふらっとした感じ…要はアウェイな感覚でお邪魔したのですが、「参加してくれてありがとう」みたいな感じで、横田さんを中心に皆さんが歓迎してくれました。そこから仲間になれたと思っています。

あとは、2021年のオンラインの時のことをすごく思い出すかな

―――今回の告知画像にも使わせていただいた写真の時ですね。

ビビりましたね。横田さん、よくオンラインでやり遂げられたなと思いますよ。

―――横田さん、木村さんのお話を受けてお願いします。

そうですね。コロナ禍の始まりだった2020年2月は第7回がギリギリ開催できたのですが、第8回の時は緊急事態宣言も出ていて「さすがにできないよね」という話になっていました。しかし、せっかく続けてきたものですし、秩父は先程もお話した通り「お祭のまち」なのでお祭の「神事」というものは、他もお祭も含めてずっと続けられてきたんですね。 

だから、僕たちにも「神事だけでもまずは続けていこう」「このウイスキーの火を消さずに続けていこう」という思いがあったのです。
「じゃあ、この環境でどうすればいいんだろう」と考えた時に、いろいろなイベントやバーの人たちがオンラインを駆使し始めていたのを見て、「僕たちもオンラインで、全国の皆さんにそして世界の皆さんに、ウイスキーを通して元気を届けられるのではないか」と思いました。そうしてオンライン開催に踏み切りました。

せっかくなので、ただ成功祈願祭をオンラインで映すだけではなく、セミナーや蒸溜所ツアー・見学もオンラインで実施しました。普段は見られないところを見ていただける機会を設けました。 あとは、全国から出展者さんに来てもらうのも大変だったので、木村社長と北梶さん、信濃屋さんにご協力いただいて、一部オンラインで開催しました。そこは、なんですかねぇ…皆さんに”笑いを届けた”んですかね(笑)。

僕はオンラインで死にましたね(笑)。北梶さんとか(信濃屋の)秋本さんとか、すごく淡々とこなされていましたが、僕はバタバタしていて本当に死にました(笑)。でも、楽しかったです。

―――これも、ライブチャット・ライブコマースの走りみたいな感じですね。ありとあらゆる”新しいこと”にチャレンジしているのが「秩父ウイスキー祭」ですよね。


第1編はここまで。

「お祭のまち」である秩父とウイスキーの関係、印象的な大雪の第1回のことなど、
早速「秩父ウイスキー祭」を見る視点が変わるようなお話をいただきました。

第2編、第3編とさらにお話を深堀していきます。お愉しみに!

ここから先は、会員限定公開となっておりログインが必要です。

無料のフリー会員登録でご覧いただけますので、登録がまだの方はぜひご登録をお願いします。

 

※X(旧Twitter)もフォローいただけると幸いです(^^)/

CELLARR   :https://twitter.com/CELLARR_TisTa

(只今、第20回CELLARR SALONのエッセンスもタイムリーにポスト中!)

関連記事

コメント

この記事へのコメントはありません。