シングルモルト「あかし」つくり手の生い立ちを探る「会社員から単身酒蔵に弟子入り!?酒づくりにかける想いとは。」【第3回/全3回】

この記事は前回の記事からの続編です。
【前編】【中編】をご覧になってない方は、こちら↓からご覧ください。

6.江井ヶ嶋酒造を支えるチームワーク

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江井ヶ嶋酒造のウイスキーづくりはどのような体制でやられているのですか。

中村さん(以下敬称略):
ウイスキーづくりは私を除いて4人体制、ローテーションで動いています。もちろんお酒づくりは土曜日でもやらなければいけないので、平日の休みも取りながら回しています。日本酒は日曜も稼働しているので、全体で8人くらいが交代制で回しています。この人数体制は昔から変わらずですね。

近年は労働法改正などの影響により会社としてはハードワークは避けたいのですが、杜氏としては良いものをつくるために少なくともこれだけの労働力は確保したい、というものはあるので、会社と話し合ってバランスをとりながら、チーム体制を決定しています。

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なるほど。江井ヶ嶋酒造さんのようにウイスキーづくりと日本酒づくりを並行して行うのは技術的にも難しいかと思いますが、つくり手の育成方針としてはウイスキーと日本酒のつくり手で分けて育成しているのですか。

中村:
ウイスキーと日本酒、両方ともやれるように育てています。もちろん、どっちの方が好きという個人差はあるので、ウイスキーがやりたくて入ってきた人はウイスキーの仕事を多くやらせる、などのように優勢はつけてもいいと思います。今年度からウイスキーは年中作ることが決まっており、同時に作る時期が出てくるので、そう言った場合は希望をとるようにしています。

ただ、同じことをやらせるよりは、扱うお酒自体もシャッフルさせることで、色々経験していって欲しいなあという気持ちはあります。どちらもいいところがあるので、それぞれの良さを吸収していけば、他の酒造会社にはない強みがでてくるはずです。

例えば、日本酒のやりかたをウイスキーで、あるいはウイスキーのやりかたを日本酒で、みたい発想が生まれてくるので、なるべくスタッフにも両方経験してもらうようにしています。

江井ヶ嶋酒造・酒蔵の様子

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ウイスキーづくりと日本酒づくりをどちらもやっているからこそできる、素晴らしい育成の仕組みですね。
どう人を育てるか、というところは業界を問わず難しいところだと思いますが、この面白い育成の仕組みは数十年後には新しい価値が生まれていそうです。

中村:
それを願っております。自分の体が持つのであれば、20年でも30年でも続けていきたいですね。

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中村さんが直接指導をされる中で、直近でいいセンスを持っているなって感じる人はいるのでしょうか。

中村:
奈良県で杜氏をやらせていただいていた時から日本酒で一緒にやってきている人がいるのですが、彼はまさにそうですね。一時は別の会社で働いていたのですが、また一緒にやろうと誘って今に至ります。
彼はとても頑張るので、日本酒の方でもウイスキーの方でもかなりサポートしてもらっています。片腕、とよくいいますけど、両腕くらい、彼がいるから助かっているなという存在ですね。いや。両腕どころではなく足をつけてもいいくらいです(笑)。

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中村さんの両手足の存在がいらっしゃるんですね!

中村:
彼は結構経歴が変わっていて、京大法学部を出ているんですね。京大を出るくらい頭がいいけれど、本当に天職なんじゃないかと思うくらい、お酒づくりを楽しそうにやっています。勉強熱心で記憶力もいいですので、僕自身かなり彼から学ばせてもらっています。
彼は40代前半なのですが、他のメンバーはまだまだ若い30代が多いので、どんどん彼の姿勢から吸収していって、彼に引っ張られるような形でみんな頑張って欲しいと思っています。

ーー
いい話ですね。まさに鬼に金棒といいますか、一人ではなく頼れるメンバーがいるからこそのお酒づくりなんですね。

中村:
そうですね。好きな仕事とはいっても一人で続けるだけだとやっぱりきついので、信頼できるスタッフが大事だなあとつくづく感じます。
もちろん彼だけでなく、センスの良い若い子もたくさんいます。みんな信頼できるからこそ良いお酒がつくれる、そういう雰囲気はしっかりチーム内でつくっていかないといけません。

そのために、いいお酒をつくろうね、みんなで前を向いて向き合おうね、という話はよくしますね。

7.ウイスキーの価値は歴史を紡ぐロマンにある

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冒頭でマンガ「夏子の酒」についてお話をされていたと思うのですが、マンガなどの媒体をつかって、若い人に思いを伝えることはとても大事だなあと感じています。中村さんにとって「夏子の酒」とはどのような存在なのでしょうか。

中村:
まさに「この仕事をするきっかけ」ですね。マンガを読んでお酒づくりに憧れる、そのきっかけ自体は小さなものですが、若い時に読んだからこそお酒づくりの世界に飛び込もうと思ったのだなあと感じています。

出典:モーニングKC

最初の会社を辞めて半年何もしなかった時期に、仕事について深く考えたんです。自分が出した結論は、仕事とはお金を稼ぐことだけど、やるなら楽しいことをやって稼ぎたい、でした。

そこで、自分にとって楽しいこととは何だと考えてみたら、ふとバーテンダーを思い出したんです。バーテンダーのバイトをやった時に、自分のつくったものを美味しいと言ってもらえるのはすごい嬉しかった、だったらお酒をつくったらもっと楽しいんじゃないか、というようにしてお酒づくりに辿り着いたんですね。

そして、何のお酒を作りたいかなと考えていた時に、ちょうどドラマ化された夏子の酒を見たんです。バーテンダーをやっていたのでワインやウイスキーは好きだったのですが、当時日本酒や焼酎は全然飲んだことがなかった。だからこそ、自分の知らないお酒に携わってみたい、日本のお酒から伝統に関わりたいという気持ちが大きくなり、清酒会社への飛び込みを決めました。
という意味では、「夏子の酒」は自分の天職への歩みをそっと押してくれた、思い出深い作品ですね。

ーー
まさにバイブルですね。今回の記事を読んで、中村さんがお酒づくりに憧れた思いを感じとってくれる読者が現れることを願っています。
それでは最後に改めて、中村さんにとってのウイスキーへの想いも伺わせてください。

中村:
一言では言いきれないほど深いお酒ですね。
ウイスキーで特におもしろいなと思うのは、熟成年数です。何にも負けないロマンを熟成年数に感じます。日本酒は熟成させずに飲むので、かなり特徴的なお酒だと思います。

12年もののウイスキーをこの前出したのですが、実は12年前にそのお酒に携わっていた人はうちの部署では誰もいないんです。いや、つくった人誰やねんという世界って不思議ですよね。10、20年寝かすことで、自分が退職した後もつくったお酒だけは残っていて、ボトルに入って世に出る、自分の形見ではないですけれども、自分がいなくなってもお酒は残る、という歴史の伝承にロマンを感じます。

今の20代のメンバーが、「中村さんがおったときのお酒やなあ」みたいに自分のことを思い出してくれるかもしれない、娘・息子がお酒を手にとって自分を思い出してくれるかもしれない、という感じで、足跡がウイスキーとして残るのは唯一無二の価値ですね。

いつか自分も天国から自分のつくったウイスキーが世に出る姿を見てみたいものです。

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まとめ

以上、江井ヶ嶋酒造の現役杜氏でありウイスキー蒸留所長で、日本酒づくりもウイスキーづくりも手がけていらっしゃる中村裕司さんの生い立ちやお酒づくりにかける想い、熱いパッションなどを全3回のインタビュー形式でご紹介しました。

今回の記事から、切実にウイスキー界の発展を願う中村さんの想い、つくり手の魅力と奥深さを感じていただければ幸いです。今回のインタビューを通して、お酒好きの1人として、中村さんの生き方にとても感銘を受けました。

CELLARR®︎では、ページ最後尾のコメント欄より頂いたコメントを実際につくり手の方に共有していきます。
今回の記事を読んで、中村さんに伝えたいことや質問がある方はぜひお気軽にコメントを下さい!

次回もお楽しみに!

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